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インテレクチュアルズ―知の巨人の実像に迫る



『インテレクチュアルズ
−知の巨人の実像に迫る』 
ポール・ジョンソン(著)  別宮貞徳(訳) 
講談社学術文庫 \1350 2003/3









タイトルまんま、世の知識人=intellectualsって、たいそう素晴らしいこと言ってるけど、その実どんな人間だったの?ってな疑問に、著者が膨大な量の文献をベースに答える、そういう本。俎上にのせられるのは、ルソー、マルクス、イプセン、トルストイ、ヘミングウェイ、ブレヒト、ラッセル、サルトル、チョムスキーなど、有名な文学者・哲学者ばかりだ。果たして彼らの「真の」「素顔」とは?

…ってな話をすると、なんだかワクワクしてきちゃう人、喜ぶ人って多そうだなあ。「ルソーってさ、実は子どもを5人とも孤児院送りにしてんだぜ」とか、「ラッセルって歯槽膿漏で、クチすげー臭かったんだぜ」とか、この手の雑学振り回して得意になる人、権威の欺瞞を暴くことに喜びを感じる反権威主義(という別種の権威主義)が好きな人。そういう楽しみ方も全然アリだと思うけれど、ちょっと待って欲しい。それだけで終わらしちゃあもったいないですよ。著者の志はもう少し高いところにあるんだから。

その手の暴露本、告発本は巷の書店にあふれているでしょうが、本書はそれらと一線を画している。まず、先に挙げた通り、本書の主張が、先行する膨大な量の伝記研究を元にしていること。各章には註が平均50個くらいついていて、歴史が専門という著者の意地がうかがえる。また、この手の伝記研究になくてはならない(?)下の話をするときも、著者の記述はあくまで淡々としていて上品だ(知識人の性生活には笑えるし、あきれもするけど)。

全体的に対象をとにかくコケにしてやろうだとか、貶めてやろうといったニュアンスがほとんど感じられない。これは著者のウィットの質と、知識人の作品や業績に対する公正な評価によるところが大きいと思う(もちろん、「公正」であるとは、単に褒めちぎることじゃあない。誉めるにしても、貶すにしても、その納得のいく理由をしっかり提示するということだ)。貧しい読書経験から物申して恐縮だけど、この種のジャーナリストによって書かれた本は、その題材よりも、書き手の力量がおもしろさを左右することが圧倒的に多い。本書の著者の文章は非常に読ませるもので、その点申し分ないぞ。

だけど、本書のもっとも大きな美点は別のところにある。対象になった知識人のリストをもう一度見て欲しい。本著が書かれた20世紀に重要な影響を残した人、今でも「信者」が多くいる人中心の人選になってる。本書は知識人の単純なあら探しに従事するのではなく、(1)その知識人の思想・芸術の評価と切り離せないエピソードを中心に検討し、(2)20世紀の過ち(戦争・虐殺・粛清)との関連を論じる、という一貫したスタンスに貫かれているのね。だから、読後に残るのは知識人の裏面についての雑学に終わらない。知識人に翻弄された20世紀という時代から私たちが学ぶべき教訓−「観念的に考え、具体的な現実を省みない思想の危うさ」「知識人を盲信することの危険性」−についても考えさせられることになる。

特にアクチュアルな問題なだけに、マルクスの資本論におけるデータの改竄、チョムスキーにしばしば見られる言い逃れパターンなどについての指摘は重要だ。原著が出たのが89年なわけで、その後どうなってるのか知らないけれど、もし仮に本書に書いてあるようなマルクスのデータ改竄が事実だとしたら、それこそ研究者は資本論の主張をもう一度全部洗いなおさなきゃいけないんじゃないか?(マルクス主義をベースにした思想家、研究者は今でもかなりいる) また、9.11やアフガン問題など、チョムスキーはいまだに積極的発言をし続けている。彼の反アメリカ主義を持ち上げるジャーナリズムの危険性についても考えなくっちゃいけないだろう。本書は21世紀に生きる私たちにも、重要な問いかけをしているといえる。

とまあ、なんかこのように書くと非常にカタイ、マジメな本との印象を受けるかもしれんが、実際読むと、笑った後に開いた口が塞がらんよ。マルクスのパクリの元ネタ指摘とか、サルトルがスターダムにのし上がるきっかけについての分析とかもかなり鋭いし、ラッセルと議論したときに「この屁理屈屋!」と言われた・・・なんてエピソードもなかなか味わい深い。著者のあくまで冷静で公正なツッコミには、笑わずにはいられないなあ。知識人の業績についても簡潔にまとめてあるので、全く知らない人でも楽しめるし、万人におすすめしたい。

そうそう、『「知」の欺瞞』のレビューでも書いたけど、こういう本を読んで、だからマルクスの言ってることなんか全部デタラメだ!とか、逆に、これはマルクスを貶めようとする陰謀だ!とか、そういうためにする話は絶対しないように。せっかくの良書なだけに、その主張をオールオアナッシングで捉えるのはとてももったいないことだと思うんすよ。

(2004/1/22)


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 特にマルクスについての章が断然おもしろい。著者の気合の入り様が違うんだもん。例えば以下の箇所とか。なかなか読ませると思いません?

 「イギリスの資本家たちの不正行為を調査するうちに、彼は多くの低賃金労働者の例を目にしたが、文字通り、一文も賃金をもらわない労働者の例は見つけていない。しかし、そういう労働者が、自分自身の家庭に存在していたのである。」



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