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手塚治虫の奇妙な資料



『手塚治虫の奇妙な資料』
野口文雄(著)
実業之日本社 \1700 2002/8









手塚治虫は自作をよく描き直すマンガ家である…ってのは有名な話だけれど、まさかここまでとは。雑誌発表オリジナルヴァージョン、各単行本のバージョンを比較・検討することで、手塚がどこをどう描きなおしたのか、なぜ描きなおしたのかを明らかにしようとする本書を読んで、ぼくは手塚マンガに対する認識を改めました。さすがマンガの神様!そう呼ばれる所以についても理解が深まったし、「神様もやっぱり人間だったのね」なんてことも思いしらされた。いやあ、おもしろいっすよ、この本。

描き直し前と後を比べる作業というと、マニアックで瑣末なもののように思われがちだが、そうじゃないんだな、これが。もちろんマニアっクで細かい変更点もいくつか指摘されてはいるのだけれど、多くの描き直しは、変更前と後で話がまったくかわってしまっていたり、構図が完全に違っていたりで、劇的な変化がある。確かに『こじき姫ルンペネラ』や『スリル博士』など、あまり知名度の高くない作品を多く取り上げているので、その点馴染みにくい。だけど、本書の著者はまず第一に、こうした劇的な、もしくは示唆に富む変更点に焦点をしぼって検討しているので、「手塚マニアじゃないから、楽しめないかも・・・」という心配は杞憂だ。変更前と後とをちゃんと並べて掲載しており、作品を読んだことのない読者に対する配慮もしっかりしてるし。

また本書は、ここでしか読めない、見ることができない、単行本未収録のページを多数収録していて、こうしたものの多くは単行本収録バージョンよりも断然かっこよかったりする。これが見られるというだけでも読む価値ありだと思うぞ。個人的に驚いたのは『スーパー太平記』を題材にトリミングやページ数の変更について論じた章と、『こじき姫ルンペネラ』のヒロイン総書き換えについて論じた章。手塚の描き直しは、単なるマイナーチェンジでは終わらないことがしばしばある・・・このことがハッキリとわかる。

たとえば『スーパー太平記』では、なんと1ページを2ページにするという変更をしていて、もう描き直し前と後じゃ全然違う。描き直し前の方が緊張感がある構図だし、タチきりも効果的だし、ぼくは原版の方が断然かっこいいと思いました。今まで手塚治虫のマンガ読んでると、結構ヌルイ構図とか多くて、「なんでこれですごい人みたいに言われてるの?」って疑問に思うところもあったんだけど、描きなおしてたのかも、原版(雑誌連載)はもっとギュウギュウだったのかも・・・と、手塚マンガを読みなおしたくなったもん。

さらに『こじき姫ルンペネラ』では、長髪パーマの大人のヒロインを、髪短めのロリっぽいヒロインに全部描き直し。もちろん、それに合わせて場面も様々に描き直してるんだよ。ここらへんの変更の是非は各々の好みになると思うけれど、ぼくはやはり描き直し前の方が好きだな。ヒロインが「指つっこまないでぇー!!」とあえぐシーンなんて、まったくエロの方向性が違ってるし、比べてみると、その過激な変更に驚きを隠せないです。

…と、このようにぼくはどうも描き直し前の方が好きみたいです。手塚マンガにピンとこなかった人も、描き直し前の原稿を見てみると、ぼくのように「なんだ、やっぱりいいじゃん!」と思いなおすのではないかな。そうした「手塚治虫との出会い直し」を提供してくれる、これが本書の醍醐味だと言えるだろうね。しかし、これだけの描き直しをしながら、アニメを作ったり、新作も書いていたんだから、すごい仕事量だよなー。膨大な仕事量と自作のラディカルな変更、ライブ(連載)の勢いで描いたものを、スタジオで編集していく、といった点で、フランク・ザッパみたいだなあと思ったよ。

あくまでこの本で紹介されている事例に限った物言いなんだけど、どうも手塚治虫、描き直しが「改悪」になっているケースが多い。アトムとかジャングル大帝なんか、いいところをバッサリ切っちゃってるし、さきほど挙げた作品もしかりだし。なので、どうしても「なぜ手塚は自作のいいところをダメにしてしまうのか?」という疑問が浮かんできてしまうんだが、これがいくら考えても腑に落ちない。本書の著者もいろいろ分析してるけど、最終的には「なぜ?天国の手塚先生、戻ってきてぼくたちに教えてください」なんて叙述が多いしね。そこを明らかにしてこそ手塚研究だろ!と思われるかもしんないが、いや、本当によくわかんないんだよ。事情はわかるがもう少し説得力のある分析があったら・・・と思う点がないわけではないですね。

それとなによりガマンできないのは、著者野口文雄の文章のド下手さ。文末の結びがおかしかったり、「〜が、〜が、」ってな感じで延々と文を長くしたり、読みにくくって仕方ない。ところどころに見られるユーモラスな書きっぷりは好きだし、読んでてニヤニヤさせられたのだけれど、これ、もう少しなんとかなんないかなあ。なんやかやの事情で完成までに20年以上かかったというし、資料収集の苦労は並大抵のものではなかったはず。出版されたことを素直に喜びたい一冊なのだけれど、その点が大変不満でした。

(2004/02/23)


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