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独裁者の言い分 トーク・オブ・ザ・デヴィル




独裁者の言い分 トーク・オブ・ザ・デヴィル
リッカルド・エリツィオ
(柏書房・2003)









 現在ではその権力を失った(元)独裁者たち。彼らは今、何を考えているのか。どのような人生を送っているのか。どんな人間なのだろう。本書は、独裁者やその関係人物へのインタビューを元に、そうした謎にせまっていく。

 「幸福な家族はみな似ているが、不幸な家族はそれぞれに不幸である」、それと同じことなのかもしれない。独裁者だった人間に共通に見られるパーソナリティがあるわけではないのだ。陽気でユーモラスな独裁者もいれば、自分の運命を呪う独裁者もいる。いまだ政治的野望を捨てていない独裁者もいれば、世俗的なことには無関心になり、現在の生活をひっそりと営む独裁者もいる。著者のリッカルドは、独裁者という言葉で私たちがイメージするステレオタイプにはとらわれず、7人の人間、そのキャラクターを浮き彫りにすることに成功している。

 しかし残念なことに、ツメの甘さが目立つというか、本書を読んでいまいち焦点が定まっていない印象を受けたのも事実。7人の独裁者全員にインタビューできたわけではない点も弱いし(原題が『Encounters with Seven Dictantors』なのに、だ)、なぜこの7人なのか、その選定もよくわからない。誤解を覚悟で言ってしまえば、インタビューをしてきただけという感じもしてしまう。一体、元独裁者達に迫る過程で著者が理解したことはなんなのか。独裁者について著者はどう考えるのか。そうした視点があってこそ、苦労してとったインタビューもその意義が大きくなると思うのだけれど、著者はこうしたことについてほとんどコメントしていない。「できるのは、ただ彼らを研究することだけだ。そして彼らを研究すればするほど、私たちは自分自身に対する理解を深めることができるに違いない。」(p.14)と自身述べるにもかかわらず。

 ここに、様々な科学者たちの人間像・人間性をインタビューで浮き彫りにすると同時に、そこに一本筋を通したジョン・ホーガン(『科学の終焉』)と違って、本書に満足しきれない理由があると思う。各章で扱われる国の政治的問題に関して自身のコメントを入れるなり、終章や序章で自由に述べるなりすれば、もっとおもしろくなったのでは?そこが残念だ。

 本書の感想としてはそんなところだが、どうしてもコメントしておきたいことが一つ。それは邦訳書の仕様(訳者あとがき、帯コピーなど)と、内容の間のギャップだ。

 まず、「ブッシュ、フセイン、キム・ジョンイルだけじゃない。この世は独裁者だらけ。」と帯コピーに書いてあるのだけれど、これはおかしい。なぜブッシュが「独裁者」なんだ?本書の著者がブッシュを独裁者であるなどと言うはずがないし、ブッシュについて批判するにしても、彼を「独裁者」と形容することは適切だとは思えない。アメリカ国民が民主主義の手続きにのっとった選挙で選んだ大統領であるわけだし、アメリカ国民は生活全般に渡ってかなりの自由を保障されている。粛清を繰り返したり、拷問を加えたりする独裁者と同列にブッシュを語ることは、読む前に本書の内容を誤解させてしまう恐れがあるし、それを離れても全く理解できない。

 カバーには「悪のプロフィール付き!」などとも書いてあるけれど、著者はどちらかというとかなりニュートラルな視点から独裁者にアプローチしているし、ヤルゼルスキへのインタビューなどは特にそうだ。「アミン、ボカッサ、ヤルゼルスキ、ホッジャ、デュバリエ、メンギストゥ、ミロシェビッチ。彼らの貴重な本音を収録」」という文句からは、7人の独裁者へ直接のインタビューがなされた本である印象を受けるが、実際にはほとんどインタビューできなかった人がいたり(アミン)、本人ではなく、夫人にインタビューをしているものもある(ミロシェビッチ)。この点もミスリーディングだろう。訳者のあとがき(サダムとジョンイルの架空対談という体裁)も、本編の内容にマッチしないし、ブッシュの話に無理につなげていて感じが悪い。蛇足だ。

 一人でも多くの人に読んでもらいたい、その気持ちはわかる。消費者の興味をそそるようにコピーを作るのも悪いことではない。けれど、やりすぎは逆にその本と読者との幸福な出会いを邪魔してしまうことになるのではないか。著者の意向を裏切ることになるのではないか。

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 本書の訳者、松田和也氏はあの『アホでマヌケなアメリカ白人』の訳者です。出版社も柏書房で同じ。出版社の指図がどこまであったのかわからないけれど、二匹目のドジョウを・・・という魂胆が見え見えで正直頭にきた。ひょっとしたら「是非とも読んでもらいたい」という気落ちからなのかもしれないけれど、編集者の誠意が欲しいです。

 『アホでマヌケな・・・』を読んで、「ブッシュが民主主義の手続きによって選ばれたなんてウソっぱちだ!」と思った人もいるかもしれない。マイケル・ムーアの書いたことが本当なら、アメリカの民主主義はとっくに死んでるってことだ(補足しておくと、大統領選はかなりインチキな選挙だったとムーアは主張している。不条理にも選挙権を剥奪された国民も少なくなかったそうな)。だけど、そうしたことを踏まえてもブッシュを独裁者というのはヘンだし、そもそも『アホでマヌケな・・・』を読んでない人にはサッパリな話でしょ?それを前提にしないと理解できないようなコピーって、ヘタクソだと思うなあ。こういうところ、つまりブッシュ話とつなげようとするところが、二匹目のドジョウってことなんですよ。



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