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自虐の詩 上・下


  

自虐の詩 上・下
業田良家
(竹書房文庫ギャグ・ザ・ベスト(1996)



 マンガを読んで泣いた。しかも4コマギャグ漫画で。これって人生ではじめての経験ですよ。4コマなんて・・・と言わず、ぜひ読んで欲しい作品。

 競馬、競輪、パチンコ、マージャンとあらゆるギャンブルに手を出し、気に入らないことがあるとすぐ「でえーい!」とちゃぶ台をひっくり返し、ろくに働きもせず、酒を飲んでばかりいる男、イサオ。そんな男と同棲し、定食屋のパートで必死に生計を支える健気な女、幸江。本作はこの二人の貧乏でどうしようもない生活を題材にした4コマギャグ漫画だ。4コマギャグ?あんなんで笑える?おもしろい?そう思うむきがあるかもしれない。実際、前半はかなりしょーもない。イサオが何かにつけちゃぶ台をひっくり返すだけ(笑)。なんだかんだで二人は幸せ・・・ってオチつけちゃって、要はほのぼのギャグ、それ以上を出てない。ここで退屈する人は多いと思う。

 しかし。ページが進み幸江の回想シーンが多くなるにつれ、これがだんだん深みを増していくんですよ。ラスト50ページあたりでの怒涛の盛り上がりは圧巻で、それまでジワジワジワジワ出てきたエピソードが、最後の最後で一つの流れになるっていう。その徐々に徐々にクライマックスに到達する感じ・・・見事です。特に「熊本さん」っていうキャラが出てきてからが、この作品の見所だ。

 この熊本さんがすごい!貧乏で、ブスで、不潔で、みんなから嫌われてて、すぐ物を盗む。目つきも悪い。鼻の下にはうっすらとヒゲも生えている。体操服が買えないのでセーラー服で体育に参加するし、犬のウンコを踏んでも平然としている。かなり強烈なキャラなんですよ。そんな彼女が狭い路地で、肩を震わせ泣いている場景が、ちっちゃいちっちゃい絵で描写されてて、これを見て本当に涙が出てきちゃった。絵自体はシンプルだし、4コマという制限もあるのだけれど、それだけに勝手に想像が膨らんでしまって、一度涙が出てしまうととまらなくなってしまう。

 エピソードとエピソードの間に登場人物は何をしてるんだろう?とか、登場人物はマンガにディテールが描かれてないところで、具体的にどんな生活をしてるんだろう、何を考えているんだろう?・・・ってなことを4コマ漫画を読むとよく考える。

 4コマに出てくるキャラって「どこにでもいそうな人」っていう風に、読者に理解されやすいように、そう作ってあるじゃない?だけど、「どこにでもいる人」ならさ、ほんとはすごくドロドロした感情を持ってもいれば、汚いことをやったこともあると思うんだよね。でも、基本的に4コマって、そういったキャラのダークサイドは描かれもしないし、想像もしにくいように作ってあるじゃないですか。なんで4コマのキャラはそんな風にできてるかっていうと、一つには読者層を意識してあまりヘビーな話は好ましくないって理由があるのかもしれないけれど、より大きな理由は、そもそも4コマのキャラってのが基本的にはネタを成り立たせるための舞台装置に過ぎないからでしょう。 結婚してたり、働いてたり、ダイエットしてたり、一応具体的な設定はなされているけれど、個々の具体的設定はネタを成り立たせるためにある「形式」であって、そこには「人生の中身」はほとんど入ってないんですよ。枠組みだけなんだよね。

 でも、機能上は形式に過ぎないものかもしれないけれど、やっぱ、その虚構世界内では存在する人物なわけで・・・そこにすごくギャップがある。ぼくは4コマを読むとどうしてもそのギャップについて、それを埋めようとしてしまうんですよ。描かれていないところまで含め、そいつがどういうヤツで、どんな人生送ってきて、何を考えてるのかってのが気になってしまう。特にそいつのドロドロしたダークな部分はどうなってるのかってのが気になってしまう。「このドジなOLが死にたいと思う時ってどういう時なんだろう?」とか。

 この『自虐の詩』はそういった4コマギャグマンガのキャラが最初から持たざるをえないギャップを、表現上の利点としてうまく活用できてる。そこが成功の大きなポイントだと思う。

 作中にはかなり悲惨なエピソードもたくさん出てくるわけだけれど、一応体裁上はギャグになってて、過度なシリアス性や説教臭さは作品世界から排除されている。個々の話はギャグであり、そこでのキャラクターはギャグを成り立たせるための舞台装置の役目を担う。でも、エピソードのインパクトの強さがキャラをただの舞台装置にするだけに終わらせない。そこにちょっとずつ「人生の中身」が入ることになる。で、個々の話に少しずつ入った中身が一つ一つ集まることで、全体として登場人物の中身を見せることに成功している。しかも個々の話でシリアスさは少なくしてある分、その背景情報の量がすごいことになってる。ドロドロな描写を避けたままで、ドロドロを描けている。

 このマンガはそうやって人生をドットしていって、最終的に「人生には明らかに/意味がある」と不幸な生い立ちの主人公が言うようになるところまで描ききってしまうのよ。そこがすごい。

 で、一度最後まで読んでから、また最初に戻って読みなおしてみると、フツウのギャグ4コマに過ぎないと思っていた前半も、別な意味をもって立ち現れてくる。特に「なぜあんなダメな男に幸江はついていくのか」という疑問がサスペンス要素になってて、後半それが明らかになるんだけど、それを知ることがスイッチになって、二度目からは違った味わいがでるようになってるんだよね。二度読める4コマ、しかも二度目は別の味わいで・・・っていうのも、この作品のすごいところだ。



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