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心の科学と哲学―コネクショニズムの可能性



心の科学と哲学―コネクショニズムの可能性 戸田山和久・服部裕幸・柴田正良・美濃正 編(昭和堂・2003)










 認知科学の新しいモデルとして登場したコネクショニズムと、その帰結に関しての研究論文を集めた本。論文はすべて書き下ろし。執筆者は戸田山和久、服部裕幸、柴田正良、美濃正、黒柳奨、金子義彦、柏端達也、伊勢田哲治、月本洋、信原幸弘、大沢秀介、野家伸也と、哲学者を中心に工学、人工知能研究者まで幅広い論者が参加している。

 序章ではコネクショニズムの解説、その正確な理解や、古典的計算主義との違いなどについてのまとめをして(ある程度専門的だけどわかりやすい!)、本編では、それぞれ第一部→「表象」の問題、第二部→フォークサイコロジーの問題を、第三部→認知研究の今後・・・てなテーマ仕立てになってる。さすが本職の哲学者って感じで、今後の研究課題や、問題点を整理する手際のよさは見事です。全部を紹介、コメントすることはできないので、いくつか気になったものを・・・。

 まず、伊勢田論文。コネクショニズムからの帰結が仮に命題的態度の破壊を招くものだとしたら、倫理学、特にメタ倫理と価値論にどういった影響を与えるかをきっちり整理、さらに欲求に基づいた価値論を選好(preference)に基づいたそれにすることである程度問題を回避するという、一つの代替案まで提示していて、痒いところに手が届くというか、勉強になる議論だった。コネクショニズムと倫理学の関係について扱った論文をそれまで読んだことがなかったので、というかこうした研究をなされている研究者、他に見当たらないので、この論文、そういう話が気になる人にとってはかなり貴重なものなんじゃないでしょか。最後にちょこっとふれられているクオリアと倫理の関係についても、是非今後論文を書いてほしいなと思います。

 次に、金子論文。乱暴にまとめてしまえば、ラムジーによる「表象なしのコネクショニズム」の議論を、ドレツキのアイデアから検討、コネクショニズムが表象概念にコミットすることも十分可能であるし、その方がよいことを示す・・・といった内容。近年のハイデガーをやたら持ち上げる風潮に「ハイデガー関係ないじゃん!」と不満を覚えていたぼくは、『「世界内存在」「道具的世界」から「反表象主義」への移行には、明らかに飛躍がある』(P.55)って指摘には激しく同意しましたし、ラムジーのように、表象に対して「独立性要件」を課すことも、適当ではないというのにも納得。でも、ドレツキの議論はどうなんだろう。疑問も残る。

 誤表象をもとにして、そしてそれをコネクショニストモデルがもち得るだろうことを示し、表象概念の廃棄に待ったをかける、ここでの議論はそうした議論なわけだけれど、そんなにうまく本来の機能と、逸脱した働きを分けられるのか?人間がそれようの目的に合わせて作った機械、たとえばラジカセなんかが、「本来の機能」から逸脱している(ヘンなアウトプットを出す)と考えるのはわかるけど、生物の場合、何が逸脱で、何が本来的機能なのか、そう簡単に判断がつくものじゃないのでは?というか、判断がつかないんじゃないか。で、そこのところこそ、反表象主義陣営が訴えたいところなのではないかと考えるのだけれど・・・。

 仮に反表象主義者が認知エージェントをrule-governedなシステムとして考える、その考え方そのものを否定しているものだとするならば(「認知理論は力学系アプローチからなされるべきだ」という彼らの主張はそういうことを言っているのではないか)、誤表象に訴えた議論は空回りしているということになりかねない。これが空回りだとしても、納得のいく表象の基準、またはそうした基準はないけれどもグラデーション的に表象ハングリーなケースとそうでないケースがある(A.クラーク)ってな返答も可能だと思われるので、もちろんすぐさま反表象主義が正しいという結論にはならないのだけれど、誤表象をもちうるかどうかという基準は、表象の要件としてうまくいくのかどうか疑問だ。

 とまあ、二つの論文に対して稚拙な感想を披露したわけですけれど、この本には上で触れた論文以外にも様々な観点から書かれた論文が収録してあって、その全てが同じ主張に同意しているわけではないことにも、触れておきたいですね。たとえば、金子論文と服部論文ははげしく対立しているように見受けられるし、月本論文には「コネクショニズムじたいに関する誤解」にイライラしてる感じが伝わってくるといった具合で、各研究者のスタンスは様々。でも、その対立、相違こそこういう本読む醍醐味ですからね。 専門的な議論も多くそこそこハードルが高いので、哲学関係者以外にはとっつきにくいかもしれませんが、コネクショニズムという大変おもしろいトピックについて、優秀な哲学者たちが、頭フル回転で議論してる、そのアツーイ現場に一発で入っていける本書には、知的興味をかきたてられるはず。哲学に興味ある方、人間の心、認知の仕組みに関心を持っている方にはがんばって読んでもらいたいです。



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