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笑う門にはチンドン屋




『笑う門にはチンドン屋』
安達ひでや(著)
石風社 ISBN: 4883441172
¥1575
(2005/02)








チンドン屋。大変誤解の多い職業である。「職業はチンドン屋です」。本書の著者は、そう名乗っただけで「滑りましたね」と言われたそうな。冗談だと思われたらしい。チンドン屋という呼称は差別語だとか、そんな職業は現在ないとか、その手の誤解は後を絶たない(古い方の誤解)。

加えて、現在のチンドン屋周辺では、それとは異なる新たな誤解も生まれてきている。若い人を中心に、今チンドンは静かなブームらしい。「チンドン屋さんになりたい」と願い、宣伝者の門を叩く人が増えているそうだ。もちろん中には「ちんどん屋になりたい!」と真剣に希望している人もいるのだろうけど、仕事の内容や就業形態についてとんでもないカンチガイをしている人も多いという。仕事も、したがって給与も日払いで不安定。チンドン屋はサラリーマンではない。

「(ロックバンドの)ソウルフラワーユニオンのようなことができますか」「肌キレイだから化粧しなくてもいいですよね」。路上ミュージシャンとして「リスペクト」されてしまったがゆえの誤解も多い。楽器を弾いているのだから確かに「ミュージシャン」かもしれないが、チンドン屋はアーティストではない。2時間、3時間同じ曲を立ったまんま吹きっぱなし。そういう宣伝業なのだ(新しい方の誤解)。

誤解を解いていくことは重要だが、実はこれが相当やっかいな作業なのだ。一方の誤解をとこうとすると、もう一方の誤解を強調してしまうことになりかねないから。

「チンドン屋をやるというのはミュージシャンとして落ちぶれたからだ」という誤解があったとする。この誤解をとこうとして「いえ、そういうことではないのです」と言っても、「自分が落ちぶれているとみられたくないからそう言ってるんじゃないか」と誤解されかねない。また、バンドマンにはないチンドン屋のカッコよさばかりを強調しすぎると、今度は「新しい方の誤解」を助長することになる。

誤解を解くためには、興味を持ってもらう、楽しんでこちらの話を聞いてもらう必要がある。でも、珍しいエピソードを連発して注意をひいたり、「これだけ変わった、おもしろい業界なんですよ」とだけ言ってしまうと、チンドン屋の姿を歪曲して伝えてしまいかねない。好奇心が誤解を生むことだってあるのだ。だからといって、味気ない事実の羅列、こぶしをふりあげての熱弁ではそもそも話を聞いてもらえない。

本書の著者は、読者を楽しませるサービス精神をしっかり発揮しながらも、デリカシーのある丁寧な書き口でもって、この仕事の楽しさ、つらさ、やりがい、問題点、そして何より自分が今の仕事をどれだけ愛しているのかを伝える、誤解を少しずつ解きほぐしていくことに成功している。その方法論、さらりとしてるが抜け目のないたたずまいがなんともチンドン屋らしい。

元人気ロックバンドのメンバーだった著者がチンドン屋をやるに至った経緯について述べている箇所は全体の5分の一と短い。波乱万丈の半生記を期待すると肩透かしを食うんじゃないか。残りのページでは、他のチンドン屋の紹介や、チンドン博覧会についての記述が中心となっている。「変わった」人生を送った人の半生記としてではなく、チンドンに興味を持ちはじめた人、チンドンのことについてあまり詳しくないという人へのチンドン入門書として本書を推したい。

「チンドン・グレイテスト・ヒッツ」と銘打たれた20分弱の付属CDには「竹に雀」「天然の美」「六法」「きぬた」などチンドン屋の有名曲11曲と、「とざいとーざい!」の口上を収録。CD付きでこのお値段という出血サービスがまたまた嬉しい。演奏もいい。テンポ遅め、のびのびとした明るい演奏である。

本書が出たのは二月。若干紹介が遅れたけれど、この夏、ちんどんの涼しい鉦(かね)の音に耳を傾けてみてはいかがでしょう。

(2005・07・13)



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