『トラヴェローグ』
ジョニ・ミッチェル

ワーナーミュージック・ジャパン - ASIN: B00006S29N
\3990
(2002/12/18)




 70人のオーケストラをバックに自身の代表作をジョニが歌う2枚組セルフ・カバー集。ゲストとしてはおなじみウエイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ビリー・プレストンなどが参加。これ、いいですよ。掛け値なしのおすすめ盤。おすすめするってことは聴けってことだ!(←ひょうたん島のドタバータ風に読んでください)

 オケ作品と聞いて、最初はやっぱり身構えました。たいていオケものって途中で飽きるんだもん。あと、クラシックコンプレックス丸出しの作品とか多くて聴いててつらいのが多い。ま、あくまでぼくの経験上の話ですが、分厚いオケのストリングスがベッタベタに入ってて、金を使ったのはわかるが・・・てなものが多い気がする。

 だけど、この作品は2枚組にも関わらず、全く飽きずに聴ける。変なクラシックコンプレックスがなく、とにかく歌の魅力を引き出すために念入りに作りこまれた音がいい。オーボエやフルートなど各楽器の使い方が非常にうまい。そして、ジャズテイスト、ポップテイストとオケとの調和のさせ方に唸らされます。このオーケストラのアレンジのセンス、脱帽ですよ。

 クレジットを見たらヴィンス・メンドーサって人がアレンジ担当らしいのだけど、この人チェックです。ビョークの諸作品でもアレンジをやってる人らしい。オケと楽曲の調和に拘りを見せるビョーク、メンドーサのような才能は絶対見逃さない、その嗅覚はすごいな、ずるいなと思いましたけど。ただ、個人的にはビョーク作品でのアレンジはあまり印象にないです。本作でのアレンジの方が彼の持ち味が出てるというか、感心する箇所しばしばです。ってのも、おそらくビョークの『ヴェスパタイン』、あれちょっとメロの起伏に乏しく、そこんところがアレンジの可能性を殺いでたんじゃないかなあと思うのです。つまり、悪いのはビョークじゃねえかってこと。いや、そっちのアレンジもやっぱりいいんですけどね。でも、本作でのアレンジに軍配があがるという。そういうことです。

 とまあ、メンドーサばかりほめちゃったけど、やはり本作主役はジョニです。最近の彼女の声を聴かず、『ブルー』とか『コヨーテ』、『ウッドストック』なんて曲で聴ける声をイメージしていたぼくは、本作でのジョニのハスキーボイスに驚かされました。『ブルー』の時のようなファルセットを多用した歌とは全く違ったスタイル。いや、見事な歌いっぷりです。年季と風格を見せつけられました。

 で、そうやって再演された過去の曲を聴いてると、あらためて彼女の書く曲の音楽的ボキャブラリーの広さ、そのバックグラウンドの広さを再認します。曲のテーマも宗教的なものから、ユーモラスな男女の恋物語まで、かなりの幅を見せますし、二人の男女が旅にでるストーリーの「オーティスとマーリーナ」で始まって、名曲「サークルゲーム」で終わる構成も見事。感心しっぱなしでした。こういうアルバム聴くと心地よい溜息がでます。

 個人的な白眉は「サイアー・オブ・ソロウ」。アレンジと歌で曲の持つ宗教的なイメージを最大限にふくよかに、ポップに聴かせる、「オケをバックにした自作カバー集」の試みが最も成功した一曲だと思います。

(2003/06/17)

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 残念なことにジョニ・ミッチェル、本作で音楽業を引退するそうです。「音楽業界は最低の業界だ」「金の亡者ばかりだ」みたいなシニカルなセリフを吐き捨て、音楽界を去ることになった彼女だけど、これだけいいもん作らせてもらってそのセリフはないだろー!って感じです。オケ70人使った二枚組みアルバムですよ! ノンサッチなんてかなり良心的なレーベルだし、一体何が不満?って思います、フツウ。

 絵描きになりたいんですかね。でも、「音楽業界はウンザリ。オレは絵描きをやる」みたいなセリフはキャプテン・ビーフハートくらい痛い目見た人が言うセリフでしょ。ジョニ・ミッチェルのキャリアはすごく順風満帆だと、誰がどう見ても思うと思うんすけど。

 ジャケットやブックレットのデザインも秀逸で、そこんところも見逃せませんね。そういうところも含めてこの人かなりのプロデュース能力あると思いますよ。自画像をちょこんちょこんとブックレットの写真に散らすセンス。おしゃれだわ。



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