『権現の踊り子』
町田康(著)
講談社 ISBN: 4062117606
¥1575
(2003/03/26)


 元パンクロッカー(最近でもシアターブルックの人となんて名前か忘れたけどユニット組んでたね。でも、パンクっていうとちょっと違う気がするから元ということで)。アンド現在芥川賞作家である町田の短編小説集。川端康成文学賞受賞。まあこんな情報はあんまもの知らん人のためにちょっと親切でつけといただけで、そんなことはどうでもいい。そうじゃなくってさ。みんな読めよ、これ。マジでおもしろいぜ。爆笑だ。

 よく小説を読むことにコンプレックスを感じてしまうと言う人がいる。おそらく日本のバカみたいな国語教育のせいだろう。古くて読みにくい昔の文章を取り上げて、やれ作者の意図がどうとかこうとか、作品のテーマは何かとか論じさせる例のナンセンス教育である。作者の意図?そんなもなあ作者に聞けバカ(作者が故人で、仮にその作者の意図とかがそんな大事ならなおさら生きてる間に聞いとけ!)。作品のテーマ?そんなもん読みたいように読めばいいだろうが。むしろ、鑑賞するために必要になる具体的な読解ツールをもっとたくさん教えておくべきだろう。なのに、なんであの国語とかって授業でやることは、間テクスト性や、フェミニズム批評、脱構築批評、バフチンのカーニバル論などを教えず、ただちんたらアホのようにキル・ザ・タイムするのか。わけがわからねー。どうせだったらカナダみたいにメディアリテラシーの教育に力を注いだ方が絶対良いに決まってる。こんなことじゃ、文章を読むのが嫌いになる生徒が後を絶たなくても不思議ではない。

 話がそれた。何が言いたいのかというと、つまりこういうこと。ぼくはこの町田康って作家の本は、ぜひそういう「小説ギライ」にこそ読んでもらいたいってことだ。巷でよく見かける自称文学少年少女なんて実はあんまり文学など読んではいない。春樹とか龍とかをちょびっと齧り得意になっているヤツが大半である。夢野久作さえ知らない。梶井基次郎さえ知らない。まあ、要するに切なくショボい自己のアイデンティティを確保でき、かつ学術書を読まない(読めない)いいわけ・免罪符になるなら、たかが数冊の文庫本をブックオフで買うことなんてお安い御用だよって動機で、文学少年少女の名乗りを挙げているだけなのである。数学できないだけで「オレ文系だから・・・」とかいっちゃうようなヤツらとかなりでかい共通集合を作ってるんじゃないか。そんなヤツらに文学をファンとして支えていくなんてできるわけがない。事実、文芸書の売上はバカ下がり。売れてるのは海辺のカフカとかハリーポッターの絵本ぐらいでしょ。

 むしろそういうヤツらに嫌気がさしたり、不要なコンプレックスをワケもわからず抱かされているような人の方が、文学を楽しむ潜在的な素養があるとぼくは睨んでいる。で、この町田康。そういう人が文学デビューするのにピッタリの作家だと思うのね。基本的に読んでその言語感覚をかっ食らうだけで楽しめるから。笑えるから。まあ、よく言われることだけど、落語や都々逸、いろは歌留多、関西弁、ナンセンスな造語のごった煮スープだから。町田の小説は。作品テーマの読解だとかそういう難しいことは全部うっちゃってしまおう(そういうことできるようになるためには、かなりの批評ツールがないと本当はできないことなの。それに二級読者で何が悪い。世の中の大半の人間が二級読者、下手すりゃ三級、四級読者であり、それで別段何も困らないのだ)。で、自分がおもしろいって思うところで素直に爆笑。それでいい。ってか、現在の小説の中でそれが最もしやすいものの一つが町田の小説なのね。

 一応この文章だって書評と銘打ってるわけで、作品について何もふれないのはマズいというか、反則、誤魔化しな気もするのでコメントしておくと、ハイライトはなんといってもタイトル作『権現の踊り子』と『ふくみ笑い』である。特に『ふくみ笑い』。もう最高だ。ぼくは笑いがとまんなかったよ。わはは。町田得意の一人称語り中心なんだけど、勝手に理屈をこしらえ、その筋が通っていないことに憤怒する主人公と、不条理でバイオレンス気味の世界。その境界線がどんどん崩壊していく。メトロノームの針が正気と狂気の間をいったりきたり、その振れのテンポがどんどん上がっていく様、エスカレートする様に、こっちもヒートアップ。そんでメルトダウン。これ最高。

 この人の作品、ワンパターンだって言われたり、「もうこの芸に飽きてきた」なんて言う人をよく見るけど、ぼくはそうは思わないな。水戸黄門をパロったような『逆水戸』とか次の可能性を感じさせるし、『ふくみ笑い』だってマジック・リアリズム的手法をうまく使用していると思う。そもそも仮に永遠のワンパターンだとしても彼の作品大好きだな。だっておかしいんだもん。町田は狂気と論理と笑いの共犯関係を捉え、それを文学にまで昇華している。その才能たるや、非常に得がたいものだと考えるのだけれど、いかがだろうか。

(2003/05/06)



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