『ドラゴンフライ』
フン・タン
デジタル・メディア・ラボ - ASIN: B00005V290
¥2447
(2002/02/25)


 ヴェトナム出身パリ在住の歌手フン・タンが、同じくヴェトナム出身のギタリスト、グエン・レ、カメルーン出身のマルチプレイヤー、リチャード・ボナなどを迎えて、ドイツのジャズレーベルACTから出した作品がこの『ドラゴンフライ』だ。

 フン・タンの歌はヴェトナムの伝統的歌唱をクッキリと浮かび上がらせながらも、バックの演奏と溶け合い自然な佇まいを見せる。決して他の楽器に振り回されてしまうことがない。性急なビートの曲はなく、どの曲もゆったりと展開していく。なおかつ伝統的・ヴェトナム的な部分とモダンな部分がシームレスに繋がっている。そこがとても心地よい。

 ジャズとワールドミュージックの融合だとか、クラブ仕様のワールドミュージックとかいわれてるものの大半は曲の中のスパイスとして、(一記号として)お互いを取り入れる感じになってるものが多い。「すっげえぞ!ドランベにブルガリアンボイスだ!!」みたいな。しかし、ぼくはそういうむりくりお互いを足したようなものには魅力を感じない。だったらそれぞれ別々に聴くぞって思ってしまう。

 それとは別に、二つの音楽が火花を散らすように互いにぶつかり合ってシナジー(相乗効果)をおこす、、革新的な音楽になる場合がある。こういう音楽は(ぼくは)大好きだが、ここでのフン・タンはそういう感じでもない。なんというか、全部が全部そのまま無理なくひょっこり立っている感じ。別に彼女らが優しい気持ちでやったからとか、互いの音楽に十分な尊敬の念を払っていたからとか(確かにそうかもしらんが)言うだけでは能がないので、もう少しがんばって分析してみる。

 結局この無理なく自然に全てが成り立つ感じがするのはなぜか。さっきもいったが比較的ゆったりしたテンポで全曲進むってのもあるだろう。部分どうしのくっつきが無理なく感じるのはそのためも大きいと思う。フン・タンとグエン・レの二人は長年音楽的なパートナーシップを続けてきたその結果というのももちろんある。だが、一番大きいのはお互い「寸止め」というか、出過ぎないという点だと思う。

 みんな自己主張しすぎない。結果成り立つ自然な共存、それがこの作品一番の「自己主張」といった感じだ。一聴した時は、ロック的エクスタシーからも遠いのでイマイチ物足りない感じもしたのだが、よく聴くとその抑制の美学にこそ燃える(例えばタイトル曲)。そんなに熱く自己主張しなくても既に十分な個性がそれぞれの音にあるわけで、そうした「大人」が音楽上の対話をえんえん続けていくことの魅力をこの『ドラゴンフライ』は味わわせてくれた。

 曲によってはもろマイルスなトランペットが入ってたり、ベタな中国風イントロだったり。クラブ的なサウンドがそこかしこにあったりもする。そのベタベタな感じもまったくいやらしさを感じさせない。これも不思議。やってる人のパーソナリティのおかげとばかりは言いたくないのだが。



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