赤い文化住宅の初子  松田洋子(大田出版・2003)




 このマンガ家さんについて全く情報持ってなかったんだけど、書店で表紙を見ていたら、何かひっかかるものがあったので購入してみたら、これが大当たり。いやあ、ほんとおもしろい!泣ける。笑える。

 主人公の初子は広島の中学三年生。両親はおらず、彼女の住む赤い屋根の文化住宅にはテレビも電話もない。唯一の家族である兄の克人は、酒やデリヘル嬢で毎日鬱憤をはらすという腐り様で、初子は中華飯店でアルバイトをしたりしながら、大好きな三島くんと同じ高校への進学を目指す・・・のだが、それも結局断念、卒業後すぐ工場でパートとして働くことになる。しかし、彼女にはさらなる困難が待ち構えていて・・・。唯一の希望、三島くんの「大人になったらわしの嫁さんにするんじゃけ」という約束に望みをつないで、彼女は生きていく・・・。

 とまあ、話の筋や設定を語ると大変暗く地味な内容ではあるのだけれど、これはそういう貧乏モノというか、家なき子的な話とはまった違って、西原理恵子の『ぼくんち』などと同じような感触がある作品と言ったら伝わるかな。そういう、貧乏なだけで終わらない、悲しいだけで終わらない、かなりユーモラスでもあり、同情からではない得体の知れぬ涙を誘う、そういう感じの作品なんです。

 浜岡賢二や井上雄彦もビックリの表情描写は、かなり魅せる。コマを追うごとにクルクルと変わる主人公の表情だけでこれだけ語れる力を持っているマンガ家って、ぼくは他に知らないです(71、92ページとか、見てよ!)。で、そうしたキャラの表情で、主人公の、「幼女」であり「大人の女性」であるというマージナルな存在感まで、設定に頼らずしっかり描けている。ときおり見せる初子の鋭い目線にゾクッとしたし、逆にそのふくよかな輪郭にキュンとさせられもする。とにかく、もう紙から出てきちゃってますね。全てがペンのなせるワザ!

 ブラジャーをしてない豊満なバストや、一張羅のフリース姿など、表情以外にも主人公のキャラ造詣はたいへん深く、ワキをかためるサイドキャストも、いいかげんで放任主義の女教師、押し付けがましいカルト宗教の信者、繁華街で風俗を物色するオッサンなど、かなりインセインだけど、思わず「いるいる!」と言ってしまいたくなるような個性派ぞろい。全キャラの喋る広島弁や、作中幾度となく繰り返される初子のため息もやりすぎな感じはなく、作品にリアリティと心地よいリズムをそえる。およそ100ページほどの短編だけれど、かなりの完成度だ。

 一切の文句ナシの傑作。ぜひご一読を。

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 後で調べたところ、著者の松田洋子(まつだひろこ)は30歳にしてモーニングでマンガ屋デビュー、それまではマンガなんてほとんど描いたことがなかったという、かなり遅咲き型の作家さんだということが判明。代表作は『薫の秘話』、『人生カチカチ山』など。他の作品はまだ読んでないけれど、作品紹介を見ると、なかなかおもしろそう。チェックいれてみます。

 おそらくこの人、かなりマンガを勉強したんじゃないかな。例えば25ページの中段、この三島くんの表情は『浦安鉄筋家族』のオータニ巡査(大仁田のパロディキャラ)を容易に連想させるし、『ペイント・イット・ブルー』に出てくる女性の顔はどこかでみたような絵柄が混ぜ混ぜになってるし。最初は模写から始めたんだろうね、やっぱり。でも、それを全部きっちり自分のものにしているのがすごい。

 わりかしオーソドックスな作品なので、目立ちにくいのか知らないが、あまりにもな才能のわりに、知名度、評価がまだついていってない。マンガを描き始めたばかりみたいだし、今後の作品への期待大だよ。

 あんまりほめてもぼくの書評はおもしろくならないので(笑)、今度はもっとツッコミどころの多い作品をとりあげよう。



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