コンピューター・ハウス・オブ・モード  スパンクハッピー(CD・2002)




 ゴダール大学、マイルス・デイヴィス大学院卒のサックス奏者、菊池成孔(きくちなるよし)と、家電メーカーOL(最近退職)の岩澤瞳の男女デュオユニット、スパンクハッピーのファーストアルバム。

 フレンチポップス、ハウスミュージック、80年代ニューウエーヴのサウンド・楽曲に載せて、これまたおフランスな香りもかぐわしい歌詞を岩澤瞳が歌うっていう作品。帯文句の「香水を振りかけて。汗をかかずに踊りましょう」とは、なかなか上手い。

 「あのねどうして今は景気が悪いの?/資本主義はきっと恋愛よりも難しいのね/それでもアタシ/あなたのキッスで結局/ジュ・テーム ジュ・テーム・・・/でもお金がないの」。ラブソングの体裁を一応取りながらも、毒があるこのフレーズが好き。岩澤の歌も「萌え度」高いし。この歌詞に代表されるように、歌詞の題材としては「後期資本主義とそこでの愛」が中心になっている。研究家肌の菊池のこと。おそらく最近のジェンダー論の成果などを踏まえた展開をしているのだろう。一応、最新型ってわけだ。

 だけど、このユニットの構成は驚くほど古典的。つまり、教授と女学生の関係でしょ、これ?何もわからない姉ちゃん(オーディションを受けに来たものの、岩澤は菊地のことを全く知らなかったらしい)にかなり意味深な歌を歌わせてるわけで、この二人は、「アイキャッチャーのお人形さん―フロント・歌―女性」と、「かなりキレる研究者・アーティスト―影の仕掛け人―男性」って性別役割分担をもろになぞっているのね。

 セルジュ・ゲーンスブールはフランス・ギャルに、棒つきキャンディのことを歌った「アニーとボンボン」ってかわいらしい曲を書いた。もちろんこの歌の真意(フェラ〇オのこと歌ってるわけですよね)は、当時まだ年端も行かない少女だったギャルには知らせずにだ。フランス・ギャルは何もわからずテレビやステージで棒つきキャンディをナメながら、この歌を歌ったというわけ。ゲーンスブールはギャルを評して「ミューズになるにはオツムが足りなかった」とまで言ったといわれる。かわいそうなフランス・ギャル。でも、そこにオディアンスは萌えたのだ。

 スパンクハッピーはこのフランスの伝統芸をなぞっている、かなり古典的なユニットなのだ。聴衆が萌えるのに最大限効率的な構成だと言ってもいい。しかし同時に、ジェンダー論を踏まえた歌詞は、ロマンチックラブ・イデオロギーに対してシニカルなスタンスを取っているし、サウンドは一応「ハウス」なわけで、現代社会を反映させようとしている。結果、ぼくのようなリスナーは、一方で歌詞の恋愛イデオロギー批判を頭で読み解き、そこに見られる世界観にニンマリしながらも、もう一方で「瞳ちゃんがかわいい」「ヘタウマな歌がいい」って萌えるという一種のジレンマ状態におかれる。それが快感。で、同時に考えさせられる。でも、サウンドは結構しょーもないダンスミュージックだから、なんとなく流れてく。その全てが菊地の狙いだとわかっていても、どうしても抗えない。悔しいけど、ハマリました。

 「日本語がわからないようになりたいです」とかまで言わされてる岩澤瞳。OLまでやめちゃったのに、あくまで菊地にしてみればこのスパンクハッピーは彼の数あるユニットの中の一つ、お遊びにしか過ぎないわけで・・・。なんとか助けてあげたいと思うけど、岩澤はほんとフツウな現代の<女の子>って感じだしな。そんなこと思うことじたい、なんというか「古い」感じがするって自分を責めたくなるよ。

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 この菊地成孔って人、要チェックです。別のユニットとしては、東京ザヴィヌルバッハ、デートコース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンなんてユニットでも活動していて、特にデートコースは親方・白木・森三人のお気に入りマイルスデイヴィス・ダンス・変拍子ユニット。ROVOとのカップリング盤とか、おすすめします。菊地成孔、市井由里(懐かしい!)にも曲書いてたぞ!

 あと、彼は文筆家でもあるんだそうです。でも、彼の文章はCD作品なんかよりよっぽどおフランス志向が強いので、苦手な人は要注意。こちらのサイトからいろいろ彼の文章読めるよ。

 あ、そうそう、いい忘れてたけど、このスパンクハッピーはメンバー的には第二期に当たるそうで、80年代に活躍していた第一期スパンクハッピーは、二期とは全く違った芸風らしいです。そちらは未聴。間違えてかわないように。



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