長期不況論 信頼の崩壊から再生へ  松原隆一郎(NHKブックス・2003)



 構造改革と、それが元にしているエコノミストの経済学説(新古典派)に対して批判をし、なぜ長期不況が起こるのか、その原因を究明した本。

 え?なぜ日本は長期不況に陥っているかって?松原によると、今まで私たちが前提にしてきた制度の急激な崩壊、今後の先行きの読めなさから、みんな消費を控え、金が出回らないのが最も大きな理由の一つらしい。まあ、これはかなり大雑把な話で、本書では他にも金融機関の貸し渋りとかを詳しく調べていったり、消費スタイルの変化(売り手市場から買い手市場へ、高級ブランド品と吉牛の牛丼が双方売れるといった消費の二極構造化など)を追っていったりしてるんだけどね。経済の本だといっても、街の景観の破壊などについて結構ページを割いて問題にしていたりって姿勢に個人的には好感を持つな。

 特におもしろかったのは第一章。構造改革の狙い、それが妥当な政策であるために必要な諸前提を非常にわかりやすくまとめており、この点に関して疑問解消、かなりスッキリしたので読んでよかった。経済が苦手な私でも結構ついていけたし、構造改革に至るまでの流れもおっているので、勉強になったのは間違いない。いや、著者の構造改革に対する批判の舌鋒の鋭さ、日本的構造を一概に悪いといって切り捨てるのではなく、一つ一つじっくり吟味する姿勢は、素晴らしいです。

 ただ、その勢いも「不況からどうやって脱却するか」という点になると、急激に落ちる。というか松原によれば、不況からの脱却の鍵は、最終的に『自然治癒力への期待』だというのだ!!『将来不安や貯蓄志向は、九十年代前後に青年に達し、職についてからは不況しか経験していな三〇歳未満の世代には、希薄である。活発に開業しているのもそうした世代だ。彼らが社会の中核となる頃には、自然に消費性向は上がってくるだろう。社会が自然治癒力をはたらかせるのを信頼して見守るべきではないだろうか(P.241)』。本書は文字通りこのような文言で終わっている。

 90年代前後に青年に達した世代って、それってぼくらのことじゃないですか!将来不安が希薄だって?少なくとも私に関していえば、毎日将来不安を抱えて眠れないくらいだけど(ちょっといいすぎですが)。何を根拠にこの人、こんなこと言ってるわけ?これって、世界恐慌のとき、「失業なんて幽霊みたいなもんだ」っていって、ほとんど何の政策もとらなかった(とれなかった)古典派経済学者とパラレルじゃないの?市場に介入するな!って言ってる(新)古典派経済学を批判しながら、「自然治癒力」に期待するべき(ほっとくべき)と松原は述べる。一体何を考えているのか?

 まあ、この人が新古典派と同じであるってのは違うと思う。ってのは、この人「マーケットの障害をこわす」って方法論には反対なわけだから。単純に慣習や今までの制度を障害だとか、そう言いきっててぶっ壊すのはおかしい、障害だとされている制度・慣習によって経済が成り立っているのに、って主張しているんだからね。

 おそらく新)制度派(詳しく知りませんが)にシンパシーを感じているだろう著者は、経済活動の前提としての制度、経済と他の社会事象との関連を考えなければいけないと主張するだろうが、具体的にどういう政策をとるべきか、何を制度として定着させるべきか、って点について詳しく触れない限り、それは私のような経済素人から見た場合、「それって何にもなんないじゃん!」って思わずツッコミ入れたくなってしまう話にしかならない。 だけど、松原は別の箇所で述べているように経済を超越的に観察したり、介入したりできるような超越的な視点などありえない(古典派はそれを前提にしているからおかしい)って言ってるわけだから、この点においても無力、進展がないってことにならざるをえない。

 おそらく、(新)制度派の弱点ってそこらへんにあるんじゃないかなあと、素人ながらに推測した次第です。『外部から経済を観察する新古典派エコノミストは、自分たちは一国の経済が潜在能力を開花させているか否かを適切に判断しうると勝手に自負している。そして新たな市場経済の制度設計にしても、合理的に成し遂げうるとこれまた勝手に思い込んでいる。それは彼らが科学的だからではなくて、教科書にそう書いてあるからなのだ』(P.123)。こう述べる松原は、新たな市場経済の制度設計を合理的になしえないってことになるので、自然治癒に期待することしかできなくなってしまうのではないか。

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 友人の平沢くんに「構造改革って古典派をベースにした発想なんでしょ?」って聞いたら、「少なくとも日本の政治家がある経済理論をベースにして、政策を決定してるわけがない。あいつらアホだから。」っていわれて妙に納得。

 正直、ぼくこういう話が苦手なので、なんかポイント外した話をしてるかもしれない。詳しい人、いろいろ教えてください。とにかくここでも合理性ってものが問題になっている気がした。よく経済学(特に古典派経済学)を批判するときに、人間を合理的なものだと仮定しているって批判がなされるけど、最低限の合理性を前提にしない社会科学ってありうるのか?ここでは合理性を仮定するかしないかではなく、どの程度の合理性が仮定されてるのかをこそ争うべきだろう。この点も本書は少し曖昧で残念。でも、構造改革を理解するのには結構いい本だと思いました。

 余談。松原氏は格闘技が趣味なんだって。本人のHPも思考の格闘技ってタイトルだし。誰と格闘してるのか、気になるけどね。



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