香山哲のドッペルゲンガル



大学生どもはサークルと反戦運動でもしていればええんじゃよ。


 「講義もろくにしないイイダ博士は自分の研究に没頭し、1人の人間が意のままに動かせるクローン「ドッペルゲンガル」を開発。その研究内容を詮索しようとした女の子、マチ子が同じくイイダ博士の研究内容を狙う日本刀を持つ男に殺される。人が人を殺し、殺した人は殺されるまで漫画の主人公となり、次から次へと主人公が変わり、ドッペルゲンガルの真相に近づいていく漫画」…とのことだが、最初の主人公が殺されるまでマンガが続かず、結局アイデアをまったく活かしきれずに未完に終ってしまう。もちろん真相は藪の中。

 初期衝動というか、思いつきだけで突っ走った感じで、普段の先生のマンガにある、笑いの要素、キャッチーな要素が少ない残念な作品になってしまった。「ジャンプに投稿することを想定したマンガで、1枚10コマ以内におさえた」「たちきりなど近代的なマンガの手法を使ってみた」(ドッペルゲンガル解説より)という実験作だが、その実験は、<本作では>実を結ばなかったと言っていい。

  
↑イイダ博士(左)。彼は哲先生がマンガを描き始める前から存在する大変歴史の古いキャラ。哲先生のサイト、ネクサスをずっと見てきた人には嬉しいキャスティングだ。また、ここでもニセブッダが登場し「せっかく三浪して大学に来たのに…」とグチる(右)。「三浪」という言葉からシネ神との関連性に思い至る。このように過去の香山世界の人気キャラが登場するのだが、ひっかかりのないツルっとした仕上がりに混乱した読者も多かったのでは?

 本アーカイブでは最初の3ページを公開。このドッペルゲンガルにはいくつものバージョンがあり、中には10枚ほど続いているものもある。また、ネーム(??)では、さらに先のページまで出来あがっているようだ。お蔵入りしていた資料がいずれ見つかるかもしれない。

 なお、2ページ7コマ目の紙には「KYOUJU NO OTOSHITA KAMI」と書いてある。手塚治虫へのさりげないオマージュは香山哲先生の作品のいたるところで見られるぞ。みんなも探してみよう。






香山哲のピノッキオ 



ここはイコルリの森だよ!! あれはゼペットじいさんの家だよ。




大変珍しいカラー原稿(↑)と、同じくらい珍しい白黒原稿(↓)。「森にはリス」は『ニセブッダ』以来の慣行。これを変えるわけにはいかない! 案内役の蝶は『メリーに首ったけ』のジョナサン・リッチマン並みにおいしいところを持ってった名キャラクター。十数コマのみの登場、場所案内以外は能動的なアクションは一切なし・・・しかし、読者の心に大きな感動を与えた。




 是非とも完成させて欲しかった幻の名作。クーピーを使用したあたたかみに溢れた絵、ゲームとアニメの中間を行く、コマ/構図の展開がすごくいい。骸骨と蝶が合体したようなかわいいキャラ(『この世の果てのアリス 上』の5ページにも登場)が、読者に「あれはゼペットじいさんの家だよ」「さあ、こっちへおりておいで!!」「この奥にゼペットじいさんがいるぞ。」と話しかけてきて、物語の舞台へ導いてくれるも、早速登場したゼペットじいさんに「うるさいやつじゃのう」とか言われてすぐに殺されてしまう。この導入部だけで、ぼくはノックアウトされました。

 クーピー使用のカラーバージョンと、鉛筆使用のモノトーンバージョンの、少なくとも2種が確認されている。ピノッキオが登場し、「ウオオオオーッ!!」と叫ぶシーンまでは完成しているとのことだが、原稿の欠損がひどく、現在は最初の1ページ目までしか手元にない。残念。







ドラ21 




被爆信号だっ!! アイツが来るぞ!!


←ゲン太くん、逃げないと殺されるぞ!!

 21世紀から戦中にタイムスリップしてきたドラ21が、「みらいデパート」の様々な商品を用いて、日本を戦争に勝たせようとする…といった話。こゆーいブラックジョークを、藤子不二雄先生のパロディでくるみ、そこに独自の歴史認識と、ひねった差別用語をまぶし爆発させた、超問題作にして大傑作。全3話。

 ドラ21、ゲン太くんという「借り物」キャラを使用しているものの、絵は哲先生本人のカラーが色濃く出ていて、それが純粋にパロディを志向した『受験創世記シネ神』『哲の学のシノハラ』などとは違う。どちらかといえば『臣民グランプリ』シリーズや『9.11カミカゼアタック!!』に連なる「戦争モノ」の先駆けと見ることができそうだね。

 デキは大変素晴らしいのだが、そのテイストからして、スポットライトを浴びることは絶対にないという悲しい運命を背負った作品。


◆第1話 テンシアマグリの巻き

 ウーウー。くうしゅうだーっ! 逃げまどうゲン太くん。「ゲン太くん急がないと殺されるぞ!!」 やっとのことで防空壕までたどり着いた二人だったが、そこには飢えと疲労で立ち上がることすらできない無様な臣民たちの姿が…。 「あいかわらず弱い国じゃな〜。」(ドラ) 「本土決戦も秒読みじゃんかよ。」「みんなお腹が空いてるんだ。僕も今日はイモのツル7センチメートルしか食べてないよ…」(ゲン太) いよいよドラ21の出番だ。ジャーン! テンシアマグリ。「21世紀は飽食の時代なんだ。このニブチンども!!食べ物だぞー!!」 「体西洋化してフェアな戦争しようぜ!! みんな竹ヤリ持って外で集合!!」(下線引用者) ドラ21のおかげでみんな戦う元気を取り戻したのでした。めでたしめでたし。

 登場キャラはみなモンペをはいてたり戦時中らしい服装をしているのに、なぜかゲン太くんだけがTシャツ半ズボン。また、左手でテンシアマグリを食べる人、左手で竹ヤリを持つ人が数多く登場し、そのたび「戦時中はギッチョが多かった」との註が入る。利き腕とかそういうことを意識せずに描いていると誤解されたくないと言うのはわかるけど、ギッチョってそんなに連呼しなくても…。哲先生もぼくもギッチョなんですが、ギッチョって、結構「ギッチョなんだ」「ギッチョかあ」とか言われるんで、どうしてもギッチョが気になるんですね。


◆第2話 ひめゆりトランポリンのまき

 第2話。連合軍が上陸し、ついに本土決戦に突入する。

 ウーウー。くうしゅうだ!! 逃げるゲン太だったが、早速敵国の兵士に捕まってしまう。「つかまった…死ねないなんて、僕はとんだ非国民だなァ。」 落ちこむゲン太だったが、顔をあげるとそこには驚くべき光景が・・・「あ、しずちゃんたちだ!!」 なんとしずちゃんたち女の子グループ4人が、アメリカ兵に追いつめられ文字通りがけっぷちに立たされていたのだ。「どうする?」「自害に決まってるわ」「私たちは日本国民よ!!」 ためらいなく崖から飛び降りる3人の少女(残った一人はためらいなく捕虜になる道を選ぶ)。ああ、このまま美しいひめゆりたちは散ってしまうのか・・・。

 「そろそろぼくの出番かな。弱小日本臣民さんたちよォ…。」 やった! ドラ21の登場だ! 助けて、ドラ21!! 「ドンパチやってる間は犬死にしちゃいけないなァ…。」 ジャーン。ひめゆりトランポリン。落下したしずちゃんたちはトランポリンに弾かれ空中に舞いあがる。見事全弾敵国の戦闘機に命中、鬼畜どもを道ずれに。ひめゆりたちはお空の花火に生まれかわりましたとさ。めでたしめでたし。

 大問題の第2話。冒頭からゲン太が「鬼畜BAのドイツ語読みだ!!」などときわどいセリフを発するし(BAをドイツ語読みするとベーアーだけど…)、崖の下では日本軍がサリンを完成させるし…悪ノリの連発。しずちゃんたちの自爆シーンは、香山哲作品中もっとも残酷なシーンだろう。

 「ドラ21は本当に日本を戦争に勝たせる気があるのか?」という疑念はますますつのるばかり。「犬死にしちゃあいけないなァ」じゃないですよ。犬死にどころか死なせちゃいけないですよ。あんたはそのために21世紀からタイムスリップしてきたんじゃないの!? 

 と、ここでまた新たな疑念が。21世紀?? 現代じゃん。人間を空中の戦闘機にぶつかるくらいはじき飛ばすトランポリン、果たして現代に存在するのか? っつーか、ドラ21はトランポリンなんてでっかいものをおなかのポッケから、なんでもないことのように取り出してるけど、そんなこと21世紀のテクノロジーで可能なのか??  いや、それをいったらドラ21はどうやって頭に竹とんぼつけただけで飛んでいられるんだ?? これらのことから推察するに、ドラ21は21世紀とは言うものの、限りなく22世紀に近い方の21世紀から来たのではないか? その辺の事情を哲先生に尋ねてみたところ・・・

「ドラ21は2002年から来てる。2002かどうか忘れたけど、とにかくこのマンガを描いた年から」

とまあ、なんともいい加減な、だがやけにアッサリとした答えが返ってきた。だいたいテンシアマグリなんていう、なんだかわからない食い物をタダで配給するくらいなら、ミサイルでも鉄砲でも21世紀から持ってくりゃよかったのに・・・ドラ21がなんの役にもたってないのは、本土決戦にまで突入してしまっていることからも明らか。

 しずちゃんたちが敵兵にがけっぷちに追い詰められるシーンのオノマトペは「ヤバ〜ッ」。困るとすぐビックリマンに回帰するのは哲先生の悪いクセだが、ここではそれも効果絶大! マンガ史に残る擬態語となった。


◆第3話 へいわのすずがきこえるのまき

 もう空襲の音さえ聞こえない。ゲン太の住む地区は既に連合軍に制圧されてしまった。「日本はこのまま負けるのかなぁ・・・」「悔しいったらないね」 自分の任務の達成を諦めかけたドラだったが、急にアワをふき、驚愕の表情になる。「今日は何月何日だ!?」「今日? 今日はオーガストの14日だよ。」「さっきのB29、もしかして!!!」 「制圧地区から出るのは危ないよ!!」というゲン太の警告も耳に入らない。状況を理解していないゲン太の手を引き、空を飛んでいくドラ21。目指すはB-29。「日本の夢が、日本の未来が、すべてがかかっているんだ……。被爆信号だっ!!アイツが来るぞ!!」 

←連合軍に自分の住む町を制圧され、身も心も占領下にあるゲン太。ドラ21にデートを聞かれるも「今日?今日はオーガストの14日だよ」と答える豹変ぶり。ゲン太の日本に対する態度はいつもどこか醒めている。男なのに悔しくないのか! そんなだから戦後も12歳半扱いなんだよ!

ジャーン。里帰り大砲。「だまってつけろ!! うて!!」 間に合った。里帰り大砲のタマは見事「USA」と書かれた爆弾に命中。「里帰り?」「生まれた所へ帰ってゆくんだ。」 ド〜〜ン。こうして戦争は終った。「そして僕とドラ21は英雄になり、戦争犯罪人とともに調べを受けた後、いっしょに家へ帰った。日本は国連軍の出兵に屈した。」 そして50年が経った。

ゲン太「あれから50年だね・・・」

ドラ21 「あんな状態からよく立ち直ったよな…。もうすっかり平和だ。」

ゲン太「でもドラ21は日本を勝たせる為に来たんだろ?」

ドラ21 「正直、50年たつうちにそんなことバカバカしいと思うようになったよ…。」

 「しっぺ返しオルゴール。」「全世界の兵器使用を見はって、使用者に同等の害を加えるひみつどうぐだ。結局、近代には人類を見はる神がいなかったんだよ。さようなら、ゲン太くん…」 突如息を引き取ったドラ21だった。

 行きすぎの第2話から一気に方向転換。やっぱり別方向に「行きすぎ」になった第3話。名作マンガの最終回かくあるべし、そう思える感動のフィナーレだ。ま、いつものごとくツッコミどころはたくさんあるんですが・・・。

 「正直、50年たつうちにそんなことバカバカしいと思うようになったよ…。」って、あんたどんだけ頭悪いんだよ。最初に気づけよ。B29が来たときのドラ21は「日本の夢が、日本の未来が、全てがかかっているんだ……。」と日本のことしか頭にないし、里帰り大砲だって、自分で打てばいいのに、自分は直接手をくださず、ゲン太に打たせる始末(そのせいでゲン太は戦争犯罪人とともに調べを受けるハメになる)。こいつ、かなり自己中というか、自分のことしか頭にないヤツじゃんかよ。っつーか、戦争犯罪人と一緒に調べを受けるようなヤツがその後何事もなく「一緒に」家に帰れるのか? それも謎。ただ語り手であるゲン太の脳では、この程度の説明が限界だったということなのだろう。

 第3話の影の主役はゲン太くんだ。彼の活躍ぶりは見逃せない。アメリカ国旗の絵に、「サイコー」と書かれたTシャツを平然と着ているし(まだ戦争すら終ってないのに一体誰がそんなもん作ったんだ?)、前回しずちゃんたちが死んだのに、悲しい顔ひとつ見せずに、常に無表情。占領前、占領後、戦後、常に同じ表情で、年だけとるゲン太が、作品に見事なスパイスを効かせている。また、「ドラ21は本当に日本を勝たせる気があるの?」という疑問も、ゲン太が読者にかわり、ドラ21に問いただしてくれる。ドラ21の動向に隠れ目立たないが、彼こそこのマンガのキモと言っていい。

 


〜特別ふろく ドラ21道具ずかん〜

テンシアマグリ
 第1話に登場。みらいデパート(という名前のデパート)の地下市場で買える。食べると一気に元気が出て体格まで向上してしまうという、とんでもないクリ。口に入れると「バズーンッ」という音がする。でも、21世紀のたかがクリに、そんな効果が期待できるのか? 「ぼくが思うに、何かのサプリメントで、それを臣民たちが怖がらないようにアマグリだといってドラが与えたんじゃないかな」と哲先生は語っている。ぼくはただ空腹が癒されたのと、プラシーボで何か強くなった気がしただけなんだと思います。みんなはどう思う?

ひめゆりトランポリン
 第2話に登場。みらいデパート6階おもちゃ売り場より。使用効果の前にまずはそのネーミングにド肝を抜かれる。これが21世紀の商品名だとはにわかには信じがたい。おもちゃ売り場で売られていることからも明らかなように本来は子供の遊戯用で、その点から考えてもドラ21に日本を戦争に勝たせる気はおそらくない。ただ、遊戯用のトランポリンで跳ねた人間にぶつかっただけで爆発するほど、当時の連合国軍の戦闘機がもろかったわけではないだろうし、跳ね返した物を爆弾に変える・・・って感じの使用効果が、このトランポリンにはあるのかもしれない。この道具に限らず、はねかえす系、マホカンタ系の道具をドラ21は得意にしているようだ。
 
里帰り大砲
 第3話に登場。おそらくこれもみらいデパートの商品(みらいデパートで揃わないものはないんでしょう)。里帰り大砲のタマに触れたものは、強制的に故郷に強制送還される。この頃から急に出す道具が神懸ってきた(つまりは21世紀の道具として説明がつかなくなってきた)ドラ21だが、彼はこともあろうにこの大砲を原子爆弾に向けて使用。結果、ピカのヤツは生まれたところに帰っていき、そこで天寿をまっとうすることに…。「大砲」という名前からも、これは紛れもない兵器だが、おそらくは21世紀日本国民の非核三原則への熱い思いが、こんな道具を作らせたのだろう。持たず、作らずはいわずもがな。核は決して持ちこませてもならない。故郷に帰ることができない難民たちも、この道具があればおうちに帰れる。一国に一台、まさに夢の道具。


しっぺ返しオルゴール



 第3話に登場。おそらくこれもみらいデパートに・・・って、さすがにこれは売ってないな。「全世界の兵器使用を見はって、使用者に同等の害を加えるひみつどうぐ」とのことだが、どうやったらオルゴールにそんなことが可能なのか、その詳細なメカニズムは不明。キマジメな人はこれを核抑止力の象徴と考えるんだろうが…。フツウの人の感想としては、とにかく「最初に出せよ!」の一言あるのみ。ただドラ21も「ひみつどうぐ」と断っているとおり、この道具だけは別格なのだ。しっぺ返しオルゴールは、自分が食らった分の危害を兵器使用者に加える、つまり自分も兵器による危害を被るのに対し、里帰り大砲を兵器に使用した場合には、そのまま相手に跳ね返し、自分は無傷という違いがある。ドラ21が里帰り大砲のかわりにしっぺ返しオルゴールを使用していたら・・・考えただけでもゾッとする。しかし、残念ながら、核抑止力は大砲というよりはむしろオルゴールなのだ。